優心和尚のビジネスブログ

僧侶である優心和尚が日本人の心である仏教を通して既成ビジネスを語ります。

日本の中の日本

 

 トヨタ自動車最高顧問 豊田英二氏

17日午前4時32分、心不全の為、愛知県豊田市のトヨタ記念病院で死去されました。

なんと100歳だった。

 トヨタ自動車の代名詞となった「カンバン方式」の確立にご尽力されました。

正しくトヨタ自動車の「中興の祖」と呼ばれるに相応しいご活躍でした。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 

 優心和尚はこの度の豊田英二氏の件についてこの様な話をしていました。

 

 大切な「日本の中の日本」の灯がまたひとつ消えてしまいました。 残念だ・・・

 

 その「日本の中の日本」とはどの様な意味なのかを尋ねてみますと・・・

 

 戦中戦後の貴重な時代を生き抜いて来られた方々の象徴です。

戦後生まれの日本人と、それ以前の方々とでは、同じ日本人でも考え方・生き方が全く異なります。

それを図形で表すと、中心部の円弧がこの方々であり、それを取り巻くのが所謂現代人です。

 何が異なるのかと云うと、

戦中戦後を生き抜いて来られた方々の多くは、各々誰かの身代わりで生きておられるのです。

決してご自身で語られる事は無いが、自身の身代わりで亡くしたを背負って生きておられます。

そうして生きようと決められた瞬間から、彼らには己の人生は無いのです。

それが「日本の中の日本」の日本人たる姿であります。

結果的には、誰かの為に己を責め続け今日まで生き抜いて来られました。

 

 彼らのその様な生き方が、戦後の「日本人」の象徴的なイメージとなって広まって行きました。

 男は無口で多くを語らず背中で語る・・なんて感じですかね。

折しも経済発展の真っ最中に、他国ではこの様な日本人の心を理解出来なかった。

・・・というよりも、伝える手段がなかったのだと思います。

 その様な他国との障害と同様の摩擦が今の現役との間で生まれているように感じてなりません。

その状況も併せて「日本の中の日本」と象徴的に敢えて申し上げるようにしています。

 

 こうした「日本の中の日本」と同様の感情を持つ方々が減りつつあるのか? と云うとそうでもない。

とても悲しいご体験となるが、「阪神淡路大震災」「東日本大震災」などの被災体験者の方々です。

この辛く消し去る事の出来ぬ被災体験者の方々も「日本の中の日本」と同様の感情を抱かれます。

消してこの様な未曾有な体験をされる方を増やしたくは無いが、貴重な体験ではありましょう。

どの様な言葉を使っても伝える事の出来ぬ、そうした心を抱く方も一方では少なくないのです。

 

 そんな現代だからこそ、同じ「日本の中の日本」の心として、互いにコミュニケート出来ればよい。

これからの日本の発展に忘れてはならぬもの、それが「日本の中の日本」にあるのです。

謙虚にこの思いを受け止める事が、本来の世界の中の日本を創り上げるのです。 

 

  優心和尚の思いを伝える為、少し重く難しい内容となってしまいました。

 

 今回は、豊田英二氏死去の報道よりこの様な話に発展致しました。

これもまた、その様な機会を改めて頂けたものと心より感謝を申し上げます。

 

 合掌